マチネ開放企画 Vol.1 ホフマンスタール原作 「エレクトラ」 

2003,5/2-5/5 麻布Die Pratzeでのルームルーデンス 第16回公演ホフマンスタール原作「エレクトラ」上演に際し、5/3-5/5の各14.00よりマチネ開放企画と題しまして私共なりのエデュケーションプログラムを行いました。次頁に参加校募集に際しての案内文を載せております。主旨に関してはそちらを参照下さい。
参加した三団体は、結果として三者三様の経過をたどりそれぞれの「エレクトラ」にたどり着きました。それぞれの結果には至りましたが私共が最初に掲げた目的、若年層に高い水準の戯曲に携わり、プロと共に作品を創り上げる過程で演劇の素晴らしさを体験してもらう、このことは達成出来たかと思います。以下にその詳細を記し、今後の参考、指針にして頂ければ幸いです。

麻布Die Pratze(〒106-0044港区東麻布1-26-6-2F TEL&FAX 03-5545-1385/定員100人)

5/3
14.00
私立女子聖学院高校 観客動員数90名
5/4
14.00
神奈川県立横浜緑が丘高校 観客動員数60名
5/5
14.00
劇団リバーサイド☆チョコレート 観客動員数90名

舞台監督 早津信久 私立女子聖学院高校
    神奈川県立横浜緑が丘高校
    劇団リバーサイド☆チョコレート
照明 高橋明子(株)SLS 私立女子聖学院高校
    神奈川県立横浜緑が丘高校
 

自劇団スタッフ

劇団リバーサイド☆チョコレート
音響 ルームルーデンス 北村美紀 私立女子聖学院高校
  ルームルーデンス 笠松環 神奈川県立横浜緑が丘高校
 

自劇団スタッフ

劇団リバーサイド☆チョコレート
選曲 選曲担当の生徒とルームルーデンス 田辺久弥 私立女子聖学院高校
  ルームルーデンス 田辺久弥 神奈川県立横浜緑が丘高校
  自劇団スタッフ 劇団リバーサイド☆チョコレート
衣裳 ルームルーデンスの上演作品「オイディプス王」のコロスの衣裳を中心に選択 私立女子聖学院高校
  ルームルーデンスの上演作品「サロメ」パイロット版のコロスの衣裳を中心に選択 神奈川県立横浜緑が丘高校
  自劇団スタッフ 劇団リバーサイド☆チョコレート
舞台美術 演劇部所有の白色の直方体を組み合わせ 私立女子聖学院高校
  学校のシュレッダーで作った白色の大量の紙を舞台に敷き詰める 神奈川県立横浜緑が丘高校
  自劇団スタッフ 劇団リバーサイド☆チョコレート

アガメムノンの娘エレクトラは父を殺した母クリテムネストラへの憎しみが忘れられない。トロイア戦争から帰国したアガメムノンをクリテムネストラは愛人エギストと共に斧で打ち殺した。そして二人はシュケナイの支配者の座についている。母の不義と夫殺しをいつまでも声高に非難し続けるエレクトラは疎まれ王女でありながら奴隷のような境遇におかれている。彼女の唯一の希望は弟オレストだった。父が殺されたときまだ幼く、こっそりと国外へ逃がされたオレストが帰ってきて父の仇を打ってくれる事だけを願っていた。そんなある日若者がオレストの死の知らせを持ってくる。
ギリシャ悲劇三大詩人の一人、アイスキュロスの「供養する女」をモチーフにワーグナーと共にバイロイト祝祭劇場開設に関わった作曲家、ホフマンスタールが現代の視点で大幅に改訂したギリシャ悲劇の名作。心理学者ユングが提唱した「エレクトラコンプレックス」のモチーフともなった作品

高校演劇部顧問の皆様へ
ルームルーデンスより上演校募集のお知らせ

来る2003.5/2-5/5、麻布Die Pratze(〒106-0044港区東麻布1-26-6-2F
TEL&FAX 03-5545-1385 キャパ=約100人)に於きまして、私共ルームルーデンスの作品ホフマンスタール原作「エレクトラ」を上演致します。この作品は本年度8月末より9月中旬まで日本の先端劇団をヨーロッパに紹介する企画=Japan Now参加作品の国内上演版です。本公演がちょうどゴールデンウィーク中の期間にあたるため、私共のかねてよりの希望であります、児童・学生に世界で通用している演劇作品に触れて頂く機会を設けるべく以下の企画を考案致しました。つきましては宜しくご検討頂きたくお願い致します

企画案
・私共の公演期間中 5/3 5/4 5/5の三日間のマチネ回(13.30)を開放致します
・つきましてはこのマチネに公演をして頂ける演劇部を募集致します
・上演は5/3 5/4 5/5のうち一日と致します
・上演作品はホフマンスタール原作 「エレクトラ」です
・稽古期間中、私共が貴校に週二日ほど演出のお手伝いに上がります
・入場料は無料と致します
・舞台監督・音響・照明などは私共のスタッフが兼任致します

文化庁は昨年より文化芸術創造プラン(新世紀アーツプラン)による「本物の舞台芸術体験事業」(学校公演)という芸術文化振興施策をスタート致しました。私共も国内は
もとより海外でも評価されている技術や演出などを次世代に体験してもらう事がいかに大切な事か身を持って知っております。また海外では舞台芸術の国立「大学」が存在し、義務教育の教科に「演劇」があり、劇場には「家族」で作品を見に行く事が日常となっております。残念ながら演劇が生活に根ざしていない国内では演劇の面白さ、奥深さ、大切さを知ってもらうにはやはり作品を作る事が大切であると思います。ギリシャ悲劇という2000年以上、世界中で上演され続けてきた台本と向き合う事で他国を知り、他者を知り、歴史を知り、そしていつの世も人間とは懸命に生きているという事を演劇は教えてくれます。その演劇の奥深さを伝える事が、私共の仕事のうちの一つと考え、今企画を考案致しました。

皆様にはどうぞ宜しくご検討下さいますようお願い申し上げます。
ルームルーデンス
代表・演出 田辺久弥

私立女子聖学院

演劇部の顧問をされている筑田先生が演劇に造詣が深く、通常学生への演出をされているとの事でしたので基本的な演出は先生にお任せ致しました。その上で私共が演出としてどの期間から関わるのか、状況を鑑みながら決定する予定でした。と同時に私共の「エレクトラ」で母親役を演じていただいている早稲田小劇場からキャリア35年の千賀ゆう子企画主宰、千賀ゆう子さんに同じ役で参加していただきました。演出が伺ったのは以下の通りです。
3/17 4/2 4/16 4/17 4/19 4/22 4/24 4/27 4/28
3/17はキャスティングを見学、4/2は千賀さんのご紹介、4/16.4/17.4/19の3日間で千賀さんがらみのシーンを作り、4/22.4/24.4/27で全体を演出し直しました。4/28は通しをスタッフに見せました。
特筆すべきは4/27の追い込みです。前日まで学校行事で箱根の方に行っていた生徒さんに私から宿題を出しました。必ず夜部長の部屋に集まり、登場人物の裏に流れているドラマについて話し合う様にお願いしました。そして4/27の稽古始めにその話しを聞かせてもらいました。私の予想を超え的確にドラマを捉え、そして台本には書いていないラストシーンの違う解釈を総意でまとめてきました。急遽そのラストシーンを具現するため大幅に変更し、簡単ではありますが仕掛が必要な装置を部員全員で作る事になりました。本番当日劇場でもその仕掛けを作り、てぐすを引くタイミングを何度も自主的に練習しました。非常に哀しく運命をにおわせるラストシーンを、言葉で説明しなくとも伝える事が出来る、舞台表現のダイナミックな可能性を感じて貰えたのではないかと思っています。


神奈川県立横浜緑ヶ丘高校

全面的に私の演出が前提で、さらに生徒さんに自主的に作り私が交通整理をするか、私に演出を付けられたいか選んでいただきました。総意として後者になり私が普段ルームルーデンスで使っている手法を用いました。舞台美術もシュレッダーにかけた紙を雪の様に舞台全体に敷き詰め、変化する床材をどう心象表現に使うのか、そこまで含めた演出をしました。母親役には同校OBで私共の「エレクトラ」でエレクトラを演じていただいた品田恭子さんに参加していただきました。演出が伺った日は以下の通りです。
3/14 3/17 3/21 4/1 4/4 4/8 4/11 4/16 4/18 4/25 4/26 4/29
同校への演出はヨーロッパでも使われている手法や日本の伝統芸能の手法を応用したものなど非常に高度な演出プランを使用しました。そういう明らかな型を使用する場合以下の二点が重要だと思っています。その型が何を表現するに適したものかという事とその型の難しさに精一杯になり台本の底に流れているドラマを見失わないという二点です。この二点に関しては言葉を変え事ある毎に生徒さんに伝えました。それでもバランスが取れないのではないかと危惧していましたが部員全員でとにかく話し合いを重視し、バランスをとり続けたのは正直大変驚きました。空間に無駄なものは何もない事、舞台上で喋る、動く事に無駄なものは何一つない事を理解して貰えたと思っています。また初めて出会うであろう演出の数々を、先ず楽しむという事から理解へと向かっていったのは生徒さんの資質の賜物だと思います。「想像力」というよりは「人間力」を感じた稽古期間でした。


リバーサイド☆チョッコレイト

全面的に私に演出をされない事が第一条件でした。彼らは横浜を中心とした新卒業生で結成した高校演劇OBの劇団です。旗揚げ公演直後の公演でもあり高校演劇からワンステップ上がったばかりの苦渋をどのように解決していくのか、それが彼らが自身に課した課題でした。彼らのみ台本の校正を認め、劇団のスタッフ(照明・音響・制作)の参加も認めました。あくまで高校演劇とは違う扱いをお互い求めましたのでスタッフ周りや制作周りの指導もさせて頂きました。フリーな俳優が俄然多くなっている現状で同年代でも劇団というカテゴリーにこだわる姿勢を試す機会になればいいと思っていました。演出が伺った日は以下の通りです。
4/1 4/20 4/27
4/1はプランニングを聞かせてもらい、4/20は初めての通しを見せて頂きました。4/27は最終通し、全て製作・演出に感想と意見を伝えました。共同演出という形では若い劇団の存続に影響があるという判断で直接の演出を留保したと思いますが長い目で見れば共同演出という形の方が良かったのではなかったかと思います。上層部のみがプロと直接関わるというのは人間対人間でしか直接影響を受け得ない舞台芸術の現場の特性を鑑みれば彼らの劇団の俳優が直接プロの意見を聞いていない事の損失と比べ得ないのではないかと思います。続けるに足る職業と気付くにはある程度の負荷が必要です。その負荷に対する覚悟の幅、そのバランスが少々ずれたかと思われます。しかし個々人に於いてはその負荷に充分に悩み苦しんだ者が何人か見受けられ早速個々人としての答えを模索している様でもあります。演劇が普通教科に使用されていない日本の義務教育の性質上、19歳以降のエデュケーションプログラムは人格形成の時期と相まって非常に難しいものを感じます。劇団システムが担ってきた19歳以上の演劇教育を、フリーや同年代での演劇経験が主流になっている今、演劇界全体でどうすべきなのか、やはり現状の大いなる疑問を再認識致しました。ただし本番にこぎつけた演出プランは非常に素晴らしく実力ある俳優、或いは実力ある劇団での上演となれば非常に鋭角でありながら素晴らしい作品に仕上がった事を充分予感させるものでした。このことを彼らが総意として自覚したのかどうか、些か不安ではありますが。

女子聖学院演劇部顧問 筑田周一

「笑いがとれればいい」
エレクトラを経験する前の演劇部にはそういう雰囲気があった。それは「まじめな芝居はつまらない」という意識につながっていたようにも思う。大して作品分析もキャラクター分析もせず、演出の言うことにしたがって動いている。その動きが何を意味するのか、どうしてそんな風に動かなくてはいけないのか、そういったことを考えるのは顧問の役目。自分たちはくっついていけばいい。そんな流れがあった。しかし、「エレクトラ」を通じて、部員達は確実に変わった。演劇に向かい合う真摯さが感じられるようになってきた。ただ面白ければいい、ではなく、この作品を演じることでどんなテーマを観客に投げ掛けるのか、そういうことを考えるようになってきた。自分たちで作品を分析し、どんなメッセージが込められているのかを飽きずに話し合うようになった。妥協を許さない雰囲気が、部の中に育まれつつある。先輩達がまいた種が、ルームルーデンスという土壌と千賀ゆう子という雨に育まれて、大きく育ちつつある、そんな手ごたえを感じている。

女子聖学院演劇部部長 青山のぞみ

エレクトラをやる前とやった後、大分時が経っているせいか記憶が見え隠れ、いや消え隠れしてきている今日この頃。今現在私達演劇部は「月」に没頭している。大きく変わったことを一つ挙げるならば先輩方が本当に引退してしまったこと。しかし今回求められている感想はそういうことよりむしろ「残った我々について」なのだろう。申し訳ないが先輩達は置いておく。
変化したこととして一番に挙げられるのは、やはり今現在「月」に没頭しているという事実ではないだろうか。というのは、去年の部を振り返ると、まずギリシャ悲劇やら童話やらをやらないかい?という発想自体だす者がいなかったはず。台本選びで持ち寄ってくるジャンルと言えば学園物(しかも大半がコメディー)に限る我が部、日常からしてコメディーな我が部。そんな私達に本格的古典劇がつとまるわけがない!といういわば食わず嫌いな部だった気がするのだ。こんなこと言ってる私だが決してコメディーを侮っているわけでは更々ない。やった身としてはエレクトラに劣らずハードだと思っているわけで。ただ手を付けやすい響きだとは思うのである、ご理解頂きたい。
そんな我ら劇部が「エレクトラ」という一つの劇&田辺さんや千賀さん、ルームルーデンスの皆さんとの出会いで何故にここまで変われたのか、具体的に言います、どうして台本選抜の最後の最後まで「月」か「夏の夜の夢」で迷うまでになったのか。
理由としてぱっと上がるのは、箱根旅行の夜、皆で一室に集まってあの「エレクトラ」という台本を熱く熱く掘り下げたという経験。あれが賜物となって今に活きているのではないだろうか。あの機会を与えてくださったのは他でもない田辺さんである。忘れられない忘れては行けない経験・・・・・と思うのは私だけ?まぁそれは各々感想に記してくれている事だろう。
とにかく、「エレクトラ」は私達、少なくとも私、の中の劇というものの壁を取り払ってくれた、と同時にどんな劇でもやってみようという気を起こさせてくれた。今回「サロメ」参加を決意したのだってその現れなのだ。そして台本を選び、それを掘り下げることの重要さを教えてくれた。この経験は、絶対に今後の活動に生かしたい。
なにより、きっかけをくださった田辺さんにはほんと感謝々々。今後も宜しくお願いします。

日本女子体育大学付属二階堂高校 演劇部顧問 佐藤弘子

生徒の皆さん、難しい台詞をよくこなしていらしたのに感心いたしました。台本を渡されてから、上演までどのくらいの期間だったのでしょうか?特にエレクトラ役の生徒さんは、台詞量も多く、主役という事でプレッシャーもかなりのものだったと推察いたします。緊張が伝わってきました。しかし、よく健闘していらしたと思います。最前列でしたので、唇を時々なめる癖まで見えてしまい、それが少し気になりました。
オレストとクリソテミス役の生徒さん、役になり切れていたようにお見受けしました。声も良く、落ち着いて自然に演技ができていたように思いました。
千賀ゆう子さんはさすがですね。ああいう本物の役者さんと共演できるなんて、生徒さん達はラッキーですね。プロの芸を身近に見るのは何よりの勉強だと存じます。
ラストの、道が歩いた後から消えていく演出は素敵でした。オレストがこの先孤独に歩み続けていくというメッセージを受け取りました。


横浜緑ヶ丘高校 演劇部顧問 高橋俊夫

「ルームルーデンス」の田辺久弥さんから、緑ヶ丘演劇部に「エレクトラ」をやってみないかというお誘いがあったのは、今年の1月の事でした。プロの演出家の指導を受け、プロと同じ照明、音響等の舞台環境で演じる事は、生徒達にとって貴重な体験に違いありません。でも、初めのうちこの話に乗るのにはためらいがありました。高校演劇で取り扱っているテーマは、友情であったり、家族であったり、青年期の迷いであったり等、高校生の身の丈にあったものが殆どです。はたして、生徒達は「エレクトラ」を読んでどう感じるか。3ヶ月程度の練習期間で満足出来る結果を出すことができるのだろうか。
しかし、そうした私の不安は杞憂でした。田辺さんの巧みな演出テクニックに導かれて、生徒達はごく自然に「エレクトラ」の世界に引き込まれていきました。そして、3ヶ月に渡り「エレクトラ」の世界に沈潜し、本番の後には口々に「エレクトラがもう終わってしまうのか。つまらない。」というようになりました。
「エレクトラ」が何故彼らをこれほど魅了したか。古典が根元的に持っているエネルギーと「ルームルーデンス」の皆さんの指導力とが、生徒達の中に強力なカタルシスを引き起こしたからだ、私は自分なりにそう解釈しています。そしてその結果、この3ヶ月間の生徒達の成長をほかでは得がたいものであったと確信しています。

横浜緑ヶ丘高校 演劇部部長 中澤友佳

「どういうふうに練習すればいいんだろう・・・?」「なにをすればいいんだろう・・・?}「どうなるんだろう・・・?}大規模プロジェクトを目の前にしてどうなるか分からないままに<エレクトラ>の稽古は始まりました。
プロの方に長期間直接ご指導いただくのも初めて、一緒に1つの劇をつくっていくのも初めて、そして初の古典劇への挑戦。今までやってきたこととは全く違う、想像できない世界が広がっていました。
1つの役を5人で団体戦としてやるということを田辺さんから聞いたときは驚きましたが、台詞が減って楽になる!!などとも思っていました。しかしそれは大きな間違いです。大変だったのです。練習が進むにつれてエレクトラの5人の台詞に込められている感情がバラバラで、見ている人から1人の人間でないみたいと言われ、それから急遽話し合いへ。そこで毎日台詞の感情の<色>を統一させる話し合いが開かれましたが、意見が割れた時には稽古の時間を目一杯使い、それでも決着がつかないこともありました。本当に大変だったのですが、みんなが思っている事が分かり、相談しあい、みんなで劇をつくっているんだなぁと初めて感じた気がします。演劇とは団体戦だということをです。
田辺さんにはみんなで劇をつくり上げていくことの大切さのほかにも姿勢、呼吸法、舞台でのちょっとしたテクニック、演劇の本質など多くの事を教わり、たくさんの事を学びました。田辺さん、ルームルーデンスの方々、この貴重な経験を下さった皆様、本当に有り難う御座いました。
今回はたまたまルームルーデンスさんとうちの学校でしたが、プロと演劇部という全く違うスタイルで演劇をしている者どうしが共同で作品をつくるという機会が他の劇団や学校にもたくさんあればいいのになと思います。このような企画をもっと増やしてほしいです。

横浜市高校演劇連盟事務局長 吉倉一雄

横浜緑ヶ丘高校の演劇部生徒が、「エレクトラ」を上演するという。期待と不安を抱きながら見に出かけた。ルームルーデンスの田辺久弥さんが、緑ヶ丘高校に指導に通っているという話は、以前から聞いていた。それでも一般客を対象としての公演となると不安である。さらに、上演するのがギリシャ悲劇であり、その骨格のたくましさには、小手先のごまかしは通用しない。言葉と、それを支える体に、物語世界と対峙しうるだけの強靱さと成熟が共有されるのである。
そして、いよいよ開演である。しかし、すぐに、不安は消えてしまった。まず、複数のエレクトラの登場により、人物に奥行きが生まれ、言葉に力が備わった。言葉は、ある時は重なり、ある時は連なりして、物語世界を構築し、劇中人物の関係や、観客との関係を紡いでいった。何よりも良かったのは、皆が自信を持って舞台に立っていた事である。臆することなく堂々とギリシャ悲劇の中を生きていた事である。凄惨な物語世界を支えて、少しも揺るがなかった事である。
長い期間を練習に打ち込んできた生徒達の自身とプライド、顧問の尽力、そして、生徒がそれぞれ感じていたであろう自身の枠を越え、その可能性を引き出した田辺さんの情熱、その三者の融合から生み出された舞台を堪能すると共に、次回作を楽しみに待ちたい。