眠る男    岸 田 理 生   

 
一 眠りがふえると子捨てが流行る

 

暗闇。人声による風の合唱が、あちこちからわき起こる。手燭をともして、右目に黒の偏眼帯をした女が現われる。その後から、二人の男が、車輪が雷のように響く車に、透明な座棺を積んでくる。座棺の中には、一人の少女が入っている。車を曳く男は、左眼に黒の偏眼帯、車を押す男は、黒マスクをしている。彼らは、子捨て屋の〈片眼のシリウス〉とその妻〈間引〉、一人息子の唖の三人である。

間引    さ、早く。

片眼    わかってるよ。

間引    早くおしったら!じれったいねえ。

片眼    そんなことを言ったって、重いんだ。

間引    夜が明けちまうじゃないか。ごらん、赤い眼の犬がまばたきしているよ。みんなが眼を覚まさないうちに、早くこの子を捨てちまわなけりゃ、えらいことになるよ。

片眼    ええ畜生!なんだってこの子は、こうも重いんだ?まるで鉛で出来てるみたいだ。

座棺を押しながら、唖が激しく肯定の身振りをする。

間引    いくらみんなが丸太のように眠っているからって、こんなにガラガラ音を立てて曳いてたんじゃ、だれかが眼を覚ましちまうよ。

片眼    大丈夫、大丈夫。

間引    なにが大丈夫なんだよ?

片眼    (薄ら笑いしながら)三ヶ月前より一ヶ月前、一ヶ月前より一週間前と、みんなの眠る時間がふえて来てるんだ。

間引    だれが言ったんだい?そんな事。

片眼    古着屋の親父だ。

間引    ああ、あの密告者か。(と、あたりを見まわして)眠れ、眠れ、木馬も眠れ。眼を覚ますんじゃないよ。(しのび笑いする)

片眼    今の時間に起きてる奴は、

間引    泥棒、病人、不眠症。

片眼    騾馬にあひるに夜鴉が一羽だ。

唖がひきつったような笑い声をあげて、座棺を押す。

間引    しっ!静かにするんだ、この馬鹿が。

片眼    唖のくせして、笑う時だけは一人前に声を出しやがる。

間引    急いどくれ。なにしろ、捨てろと頼まれた子供はきちんと捨てなきゃ、おあしがいただけないからね。

片眼    わかってる、わかってる。

間引    眠れ、眠れ、梟も眠れ、眠れ、眠れ、時計も眠れ。

片眼    それにしても、今夜の死児はなかなか可愛いいじゃないか。捨てるにゃ勿体ない顔をしてるよ。

間引    変な気をおこすんじゃないよ。間引、子堕し、捨て子に迷い子、その始末は、あたしらの商売なんだから。

片眼    眠りがふえると子捨てが流行る。

間引    さあさあ、眠れ眠れ、鏡も眠れ。書物も眠れ。みんな眠れ、眠れ、眠れ・・・・・。

三人が去った後に、人声による風合唱だけが残る。ゆっくりと溶暗。

 
二 鸚鵡は就眠の言葉をくりかえす

平手打ちのように明かりが入ると、そこは白亜の壁病院の一室である。一人の女が焦立って歩きまわっている。女帝である。

女帝    遅い!

医師    申しわけありません。

女帝    何をしていたのだ?

医師    目ざめておりました。

女帝    本当に?

医師    目ざめておりました。私の睡眠時間は、たったの六時間だったのです。

女帝    長すぎる。

医師    しかし、王立経験学院の統計によりますと、人は平均して一日に八時間、より正確に言いますと、一人一日平均八時間二十四分、眠らなければならないことになっております。

女帝    なんという無駄!

医師    たとえ無駄でも、王立公教要理会の統計によりますと、死ぬために生が必要であるように、目ざめるためには眠りが必要だと言うことになっております。

女帝    生きている時間の三分の一を眠りにさかねばならないというのは、まったくの無駄だというものです。

医師    しかし、王立護民聴聞協会の統計によりますと、人間の睡眠時間は、年々、上昇の一途を辿っているのだそうです。更に、王立統計院統計枢密会議の統計によりますと、米の貢ぎ高は、        年々、下降し、昨年は、五・三分、一昨年は四・四分の減少だそうで、眠りと米の穫れ高は反比例する、と言う統計予想が出ております。

女帝    おだまり!まったく、何かと言えば統計、統計。少しは自分の言葉で喋ってごらん。(更にいらいらと歩きまわる)眠る時間が増加して来たのは、人間が怠け者になった証拠です。堕落、屈        辱、放蕩三昧・・・・・・医師団は何をしているのです?例の、「眠らない男」は、まだ完成しないのですか!

突然、「オヤスミナサイ・オヤスミナサイ」と、それだけをくりかえす一羽の赤い鸚鵡が、けたたましく叫び飛ぶ!

女帝    うるさいわね。誰か、あの鸚鵡を撃って頂戴!

医師    待って下さい。

女帝    おまえ、また私にさからうのですか?あれほど籠に入れておくようにと言い付けたのに、やっぱり忘れたのですね。おまけに口輪も嵌めてない。

医師    水をやろうとしたら、逃げ出してしまったのです。二度と籠の外には出さないから許して下さい。

女帝    いいえ駄目。人間の言葉を話す鳥なぞ私のまわりに置いておくわけにはいかないのです。

医師    唯の口真似です。鸚鵡には話していることの意味は、わからないのです。

女帝    でも、聞いている人間には、わかりますからね。あの言葉を聞いて、真似する者が出てきます。反復の愚行は伝染します。そしてみんな眠りはじめるのです。忌まわしい眠り!その眠りの        扉を嘴で開けようとする不吉な凶鳥。(手を振って)さあ、だれか―あの鸚鵡を撃ち落しなさい。

と、舞台脇の鉄塔の上で哄笑が起こる。見ると、そこには、巨大なノートを抱えた男が、ナマケモノのように片手で鉄塔にぶらさがっている。〈愚者〉である。

愚者    暗黒の中世、錬金術師たちは直径十三センチメートルの透明レトルトの中で、侏儒を造りだした。(笑う)ところが今じゃ、生まれてくるのは「眠らない」大男ばかり、壜に閉じ込められるは「        飛べない」片輪の鳥ばかりだ!

女帝    誰です。おまえは?

愚者    誰でもない誰でもありますよ、ハッハ。俺は記録、俺は手稿。幾世紀もの記憶の財産目録でさ。

女帝    (馬鹿にしたような口調で)何かが起こってしまった後でしか登場できない登場人物―お気の毒に。

医師    王立修道士協会の統計によりますと、歴史の目撃者は歴史をくりかえさないために必要な存在として、生存を認められておるそうでございます。

女帝    いいえ、歴史はくりかえしたりしませんよ。

医師    何かが歴史にならなかったところ、歴史を作らなかったところでは歴史はまるでとくりかえすのです。

愚者    どれもこれも違う。(威圧的に)記録があるからこそ、出来事が起こるんだ。

女帝    おだまり!おまえは一体ここに何の用があって来たのです。

愚者    逆立ちした黙示録の最後の頁には何が書かれていたのか?(笑う)一本の結晶した蘭の花が、南の岸辺に流れ着いた時、世界は瞼を閉じるのだ。

鸚鵡が鳴く。

女帝    誰か、あの鸚鵡を撃って頂戴!

銃声とともに舞台溶明。


三 盲人は夢を見ますか?

この間、舞台三方に明かりが入ると、三人のめくらの少女が白い毬を抱えて立っている。

めくら少女1 川の中に穴を掘る夢

めくら少女2 車輪の中に杖を入れる夢

めくら少女3 舟の中の神父の夢

めくら少女1 圧し潰された卵

めくら少女2 ころがってゆく卵

めくら少女3 眠っている卵

めくら少女1 盲人は夢を見ますか?

めくら少女2 盲人は夢を見ます

めくら少女3 盲人は夢を見ません

めくら少女1 夢見る男の夢の中で、夢見られた男がめざめました

めくら少女2 石段の二十三段目の踏板の裏には何がありますか?

めくら少女3 透明な人間がふえてきます

めくら少女1 腐蝕性睡眠

めくら少女2 鏡は映すことを拒否しました

めくら少女3 亀が木を齧ります

めくら少女1 若い巴旦杏は螺旋です

めくら少女2 痛覚転位法

めくら少女3 指が痛みます

めくら少女1 壁にさわっても

めくら少女2 歩道にふれても

めくら少女3 街灯にさわっても痛みます

めくら少女1 鵲は地理を知っています

めくら少女2 無言のヒエログリフ

めくら少女3 日没一時間前

めくら少女1 海では死は氏名に亀裂を作ります

めくら少女2 一本の赤い枝が瞳と言う血まみれの木に延びてきます。

座棺から「眠り」の女たちが目覚めてくる。

三人     めくらくらくらくらくらやみで なんのゆめみておどりだす めまいまいまいまいまいつぶろ ないじめいろでうたうたう めくら 百人 あつまりて ゆめものがたり 百がたり いちまんいっ        せん百じゅういちや ねむるとみえる ものがある

 
四 眠りが目ざめた

眠り1   ここはどこですか?

眠り2   ここはどこですか?

眠り3   ここはどこですか?

眠り1   わたしは眠り女、不幸を眠っていたのです。災いも、不幸も、わるい事はみんな目ざめているから起こるのです。私が眠ると世の中の不幸は、それだけ減るの。でもわたしは起こされてしまった。

眠り2   あなたは眼を閉じる。何が見えますか?人は百から生まれ、零に向かってさかさまに年老いてゆきます。まぶたの地平を切り開く、手のひらは一枚のかみそりです。私を閉じ込めると、不        眠が目ざめます。わたしが起きると、眠りがひろがります。眠りの夜に閉ざされた街。蝶が飛んでゆく。目かくしの遊びは、もう終わりました。

女帝    眠りの種子を播く子供!(医師に)捕まえなさい。

眠り3   だあれ? 

女帝    眠り狩りの領主。不眠王国を統べる、私は力です。

医師〈眠り〉を追いかける。

眠り3   ここまでおいで 眠らせてあげる。

女帝    (医師に)おまえは、もう眠れないのですよ。おまえの眠りは川の底です。

眠り3   川は眠りを運んでくる。眠れ、眠れ、回転木馬。眠れ眠れ、風見の鳥が、ねむりの風を連れてくる。

女帝    一体、眠りが何の役に立つと言うのですか?

眠り1   眠るとそこは、もう一つの現在。(笑う)醒めているのは、唯の枷。鎖、不自由、鉄の檻。不眠牢獄、夢一夜。眠って、眠って、世界の涯まで眠りつづけたいの。

眠りが手招きすると、医師は眠り込みそうになり、女帝が手招きすると覚醒する。その動作がくりかえされる。

女帝    眠りの中で人は獣になってゆく。火を忘れ、言葉を失い、忘却と怠惰の底に堕ちてゆくのです。目ざめは火です。夜を消し、昼の高みの中で私たちは、力を手に入れる。

眠り3   わたしたちは水の子供。時間の鍵をはずすと、ほおら大洪水。みんな溺死だ!

急速に暗転。


五 眠れない子供がいる

ぼんやりと明かりが入ると、そこには一組の親子がうずくまっている。どうやっても眠れない少年と、その母親である。

母親    どうしたの?坊や、まだ眠れないの?

少年    うん、全然、眠くならないんだ。それどころか逆にどんどんどんどん眼が冴えてくる。

母親    困ったねえ。

不眠症の少年の子守に疲れた母親は眠たげである。

母親    一体、お前の眠りはどこへ行ってしまったんだろう?お母さんは、お前のために、医者が言った通り、二十四時間窓を閉め、ドアを釘づけにして、外の音も光も入って来ないようにしている        のよ。それなのにお前は眠くなるどころか、増々、元気になってくる。 そんなに眠らないでいると、砂男が来るよ。

少年    砂男って?

母親    夜になっても起きている子供をみつけると、眼に砂をかけて眠らせてしまう男だよ。子供が眠ると、砂男はその子の眼球を指で剥り出して袋に詰める。血まみれの、真っ赤な眼をね。砂男        の指は、鳥の嘴のように尖っているんだよ。

少年    (平静な口調で)その指で、眠らない子の眼をえぐるんだね。

母親は、びくっと躰をすくませて、自分がした話の残酷さに怯えるが、子供は一向に平気である。

母親    ごめんね。いやな話をしてしまった。

少年    唯のお伽話じゃないか。・・・・・お母さん。砂男は、その子供の眼をどうするの?

母親    もう、よしましょう。そんな話は・・・・・。

少年    訊きたいんだよ。ねえ、どうするの?袋に詰めた子供の眼を。

母親    (渋々と)家に持って帰るのよ。

少年    それから?

母親    砂男の子供たちが、その眼球を食べしてしまうんだよ。

少年    それから?

母親    それでおしまい。

少年    砂男の子供たちはそれから何をするの?眠れない子の眼を食べて、眠るの?

母親    (救われたように)そうだよ。眠るんだよ。

少年    嘘だ!

母親    (気弱く黙り込む)

少年    (勝ち誇ったように)眠れない子の眼を食べて眠れるわけがない。砂男の子供は眠らないんだ。ちょうど僕みたいに・・・・・・。

母親は常に不眠症の少年の守勢にまわっている。哀願するように、

母親    おねがいだから、ちょっとでいいから、眠りなさい。お医者が言っただろ?眠らないと・・・・・。

少年    (それを遮ぎり)お母さん、あの医者は信用できないよ。

母親    まあ、どうして?

少年    だって、あの医者は、正常な人間は、誰でも三日以上眠らないでいることはできません。したがって三日のうちには、お子さんも死んだように眠るでしょう、って言っただろ。(嘲笑する)ハッ       ハッハッ!僕が眠らなくってもう五十六夜も過ぎたんだよ。

母親    お前、ひょっとすると赤ん坊の時に眠りすぎたんじゃないのかい?赤ん坊の時に未来の分まで眠っちまったんだよ、きっと。

少年    早寝早起き八時間か!(馬鹿にしたように)起きたら元気にラジオ体操一、二、三。

母親    そんなに眠らないでいると、しまいには、眼が閉じなくなるよ。瞼の幕が、引っ掛かって、降りて来ない。お前、死ぬ時も眼を開けたままですよ。

少年    お母さん、僕、最近、変な夢を見るんだ。

母親    夢だって?起きたまま見るの?

少年    そうだよ。起きたままで見るんだ。真夜中になって、梟が片眼を開けると、音が聞こえてくる。ザザザー、ザザザーって。じっとして聴いていると、それが僕を呼んでいるみたいなんだ。「いい       ことを教えてあげるから、いらっしゃい」

この台詞の間に不眠症の少年はゆっくりと成長し一人の青年に変わってゆく。それは、眠らないでいることによって時間が早められてゆくかのようである。反対に母親は老婆になり、眠ってゆく。

少年    僕は家を抜けだす。すると、家のまわりはもう海だ。墓標のように並んだ家々に、波が打ち寄せては崩れる。

一瞬のうちに成人した少年は、見えない海に向かって歩きはじめる。

少年    凍った波が足許をくぐりぬけてゆく。私は気づく。切り立った灰色の断崖に一人の女が立っている。誰だ?海の藻が女の髪になっている。女は不眠の黒いローブをまとい、卵を抱いている       記憶を蝕んでゆく風。生まれた瞬間に砕けている無数の泡。卵にひびが入ろうとしている。そこから出てくるものの正体を私は知らない。死んだ男の言葉の鎖が、彼女をそこに縛りつけて       いる。私は海に踏み入ろうとして、地に呪縛されている。彼女は右腕を垂直にあげる。私を招く。指が崩れてゆく。すでに彼女は、その貌を失っている。時間に被われてゆく彼女の貌を私は       見ることができない。私にとって、あれは何だったのだろうか?私にとって、彼は・・・・・・。

次第に溶暗してゆく。


波音の中、女帝の姿が浮かぶ。

 

女帝    アトランティス大陸は海に呑み込まれて滅びたのではなく、退いてゆく水に見放されて死滅したのです。アトランティスの王たちは、巨人でした。彼らは、決して眠らなかった。

いきなり、兵士の一人が九柱戯のピンのように倒れる。

女帝    どうしたのです?

愚者    (手稿をかかえている)不眠は苦痛をふやす。また一人、死んだ。

女帝    おまえの、その大切な白紙に書き込むといい。(嘲笑する)遅れて来た予言者、何の用です?

愚者    眠りが、犬のようにとりついている。護民官の睡眠者名簿に記入された「眠る者」の数は、一週間前の倍だ。みんなが眠りはじめた。

女帝    そんな事か。眠るものはすぐに狩り出され、閉じ込められ、海に流される。眠った者は、環れないのです。眠り狩りの密偵たちは、既に、街に放たれています。

愚者    眠らない者には報奨金。餌を与え、恐怖を与えて、不眠をふやす。

女帝    従わせるために尤も有効な手段は、恐怖ですよ。

愚者    不眠の量をふやしても、眠りの数は減らない。

女帝    数など、唯の特殊にすぎない。必要なのは量です。不眠の量がふえれば、それだけ力の増大するのです。

愚者    だが、眠りがふえているのは事実だ。眠らない筈の人間までもが、眠りはじめている。

女帝    眠らない筈の人間?

愚者    そうだ。

女帝    誰です。それは?

愚者    (嘲笑する)近頃、都に流行るもの、父の家出に眠り病。

女帝    おだまり!

愚者    父親たちは、彼等自身の過去の年月と同じ長さのロープを思い思いに曳きずりながら次々と家を出てゆく。残された父親たちは眠り呆ける。見ろ!お前のうしろに父の亡霊。

女帝と愚者の明かりが消えると、軍服を着、長靴を履いた兵士たちがゆっくりと行進する。弔鐘が鳴り響く。

 

旅仕度をした女が巨大なトランクに腰かけて靴を磨いている。その背後から悪夢のように現われた男が、

男1    眠れないのか?何故?

女2    花の匂いが、うるさくて。

男1    眼をつぶってみたのか?

女2    心臓が秒を刻むのが聞こえるだけで、他には何も起こらなかった。それから眼を開け ると、風が眼に見えて吹いて音を立てるみたいに、空が揺れたわ、・・・・・鴉の群れだった。

男1    怖いのか?

女2    体中が穴だらけ。鴉に突つかれたんだわ。そこから、どんどん眠りが洩れ出して、私、空っぽ。ねぇ、

男1    何だ?

女2    私、ひからびてない?

男1    そいつは、俺だ。血管がふくれ上がって顎がずきずきする。日射病にかかったみたいな気分だ。

女2    眠ればいいのに。

男1    お前に見張られながら、かね?

女2    見張っているのは、あんただわ。あんたは、私を眠らせて、それから逃げ出そうとしている。誰かの所へね。

男1    誰か、じゃない。女だ。女の所へだ。

女2    あんたは、女のささやきが耳についていないと、死んだも同然になってしまうんだわ。女なら、どんなのでもいいのよ。

男1    どんな女でもいいわけじゃない。

女2    そうかしら。

男1    おまえも女だ。

女2    あんたは、お金を使い果たすように、性を無駄使いするのよ。どんな女だって、同じこと。

男1    俺は文無しだ。

女2    あの女は、あんたに嚙まれると、痛くて泣くの?叩かれると喉を鳴らして、爪を立てられると声をあげるの?押しつぶされたら呻いて、疲れると喘ぐの?

男1    おまえがそうだったようにな。

女2    広場で日なたぼっこの私に、あんたは言ったわ。どこか、痛むのか、と。私が、びっくりしていると、痛むんなら、さすってあげよう、と、あんた、撫でてくれた。百回も、千回も。

男1    食べ物は人に食べさせてもらい、夜は寝かしつけてもらい、階段があると手を取って登らせてもらい・・・・・・、十年だ。

女2    私・・・・・、

男1    何だ?

女2    よく眠ったわ。一生分を十年で眠ってしまったんだわ、多分。

男1    いつまで起きてるつもりだ?

女2    飽きるまで、それから、眠りたくなるまで。

男1    まだ眠りたくならんという訳か?

女2    眠りたいわ、それから、飽きたわ。

男1    だが、眠らない。

女2    眠れないのよ。眼をつぶる。男の声のこだまが耳にうるさい。眠れない。夜を掻き乱す笑い声、あんたの声。あんたは煙草のけむりを吐く。それから水の底を泳いで行くみたいに足で床を蹴       る。とん、とん、とん、とん。

男1    眠れないんだ。

女2    あんたは苛立っている。

男1    おまえが眠らないからだ。おまえは眼をつぶって俺を見ている。

女2    眠れないからよ。

男1    俺は眠りたい。

女2    私は眠りたい。それで私たちは横になっている。

男1    行儀よく、な。

女2    わからない?

男1    何を?

女2    私の手足から血管から関節から、汗の流れているのがわからない?並んで横たわって体を硬くして、身じろぎもせず、死人の真似している痛みで冷い汗を流しているのが、わからない?

男1    そいつは、俺だ。我慢に震えている俺だ。

女2    十年と一日目からよ。

男1    いつまでだ?

女2    いつまでかしら?

男1    何時だ?

女2    まだ夜の内よ。

男1    夜明けじゃないのかね?

女2    昔は、簡単に夜が明けたわ。すぐ朝になって、私、溜息ついて、がっかりした。

男1    ・・・・・・ネムリノカミハ、ツミナヒト、だ。

女2    何それ?

男1    ワガミヲテツニ、カエタレバ、だ。

女2    何、それ?

男1    オマエハ、ジシャク、ワレガミヲ、だ。

女2    何・・・・・・それ?

男1    フトコロフカク、ヒキヨセル、だ。

女2    ・・・・・・。

男1    歌だ。

女2    何時?

男1    まだ夜の内だ。

女2    夜明けじゃないのね。

男1    一体・・・・・・、

女2    えっ?

男1    おまえは、どういう理由で俺と別れないんだ?

女2    あんたがあたしのまわりにたててくれた、やかましい物音が名残りおしいからよ。きっと、子供の頃、無口な人たちと過ごしたせいね。

男1    死人は、おしゃべりなもんじゃないのかね。おまえの親父は、いつもそう言っていた。

女2    アル中の墓堀人のたわ言だわ。父さんは、いつも死人とおしゃべり。でもって、死人たちも父さんも、私には無口だった。

男1    では、俺も死人のように無口になるとするかね。

女2    それは無理だわ。

男1    何故?

女2    生きているんですもの。

男1    忠実な犬だ。外へ出てみるかね?不眠の夜の町でワルツなどというものを踊って夜明かしをするかね?

女2    私、眠りたいのよ。

男1    俺も眠りたい。

女2    外に出れば、蜜の夜だわ。赤青まだらのにせの昼よ。つくりものの光を沿びて、体をだんだら模様に染め分けて、まるで極彩色のミイラ。私、真っ平よ。不眠症の犬になって吠えまわりたけ       れば、一人で出て行きなさいよ。

男1    いいのかね?

女2    いいわ。

男1    それで、あんたは、どうする?

女2    あんたを軽蔑しながら起きてるわ。

男1    いつまで?

女2    眠くなるまでよ。

男1    ・・・・・眠りたいかね?

女2    ・・・・・・眠りたいわ。たっぷりと、安心して、深く、濃く。ねぇ、

男1    何だ?

女2    私、眠りたいわ。

男1    ・・・・・そんな眼で、

女2    えっ?

男1    ・・・・・・俺を見ないでくれ。

女2    私、

男1    何だ?

女2    眠りたいわ。

男1    ・・・・・

女2    昔は、

男1    えっ?

女2    眠りがあったわ。燠になってしまった火がぬくぬくと息づいて私をあたためていたわ。私、自分の両足がけだるくなるのを知っていたわ。血の脈がさざめいて、早まりそれからやわらかく引        いて、瞼が重たくなって、それが眠りだったわ。かぐわしい息だったわ、円舞曲の呼吸と足取り・・・・・あんた、

男1    えっ?

女2    眠りたいわ、私。

男1    窓は閉めたかね?

女2    ドアに鍵もかけたわ。

男1    何時だ?

女2    まだ夜の内よ。

男1    眠りたいかね?

女2    ええ。あんたは?

男1    眠りたい。

溶暗。


溶明すると、一人の少女が洗面器に足を浸している。少女が手にした縄の端には、同じように洗面器に足を浸した男がいる。二人、縄を引っ張ったり、ゆるめたりしながら、

少女    どう、父さん?

男2    (幾分慌てて)えっ?何が?

少女    神経がほぐれて来たでしょう?

男2     あっ、ああそうだ。大分、神経がほぐれてきたようだ。

少女    体にしみこむような暖かさが流れ込んでくるでしょう。

男2     そうだ・・・・・、体にしみこむようだ。

少女    硫黄を含んだ水よ、父さん。

男2    (うつらうつらしていて、答えない。)

少女    (激しく綱を引き)父さん!

男2    (ハッとして眼覚め)あっ、そうだね、実にそうで、まったくそうだ。

少女    硫黄を含んだ水よ、父さん。

男2     硫黄を含んだ水だ。

少女    私の体を通して、水の中の動物精気が父さんの中に流れ込んでゆくのよ。

男2     その通りだ。

少女    そうすると、父さんは眠くなる。

男2     眠くなったよ。眠い。

少女    それから今度は、父さんが私に眠りを流してくれる。

男2     ああ・・・・・・、流しているよ。

少女    でも、私は、眠くなくてよ、父さん。

男2    (うつらうつらしていて、答えない)

少女    (激しく綱を引き、)父さん!

男2    (ハッとして眼覚め)あっ、ああ、そうだね。

少女    何が?

男2     えっ?

少女    何がそうなの?父さん。

男2    ・・・・・・

少女    私、眠くないわ。

男2     あっ・・・・・、眠くないんだね。

少女    父さんと私、交流してないんだわ。私は、こうやって父さんを眠らせてあげようとしているのに、父さんは・・・・・・

男2     そんなことはないよ、そんなことは・・・・・。

少女    でも、私、眠くない。

男2     眼をつぶってみたらどうだろう?

少女    そんなことしたら、色んなものが見えて、うるさくて仕方ない。

男2     羊の数を数えてみるというのは、どうかね。

少女    数には限りがあるわ。それに、羊が無限にいる訳でもない。

男2    (うつらうつらしていて、答えない)

少女    (激しく綱を引き、)父さん!

男2    (ハッとして眼覚め)その通りだよ。うん、実にその通りだ。

少女    父さんは眠りを一人占めしたいのね。

男2     そんなことはない。私はお前を眠らせたいと思っているよ。どうだろう?

少女    何が?

男2     まず私は眠る。それから眼を覚まし、今度はお前が眠る、というのは。

少女    父さん。

男2     反対かね?

少女    私の眠りを誰が見張ってくれるの?眠りの中で迷児になったら、どうするの?

男2     お前の眠りは、私が見張ってやるよ。

少女    父さんは起きているのに、どうやって見張るというの?父さんと私は、同じ呼吸で、同じ脈拍で、同じ深さで、眠るのよ。眠りながら、父さんは私を見張る。そうでしょう、父さん。

男2     ・・・・・そうだ、ね、おまえ。

少女    それで、私は、まだ眠くないんだわ。

男2     全然かね。

少女    まったくよ、父さん。

男2     まるで、だね。

少女    ちっともよ、父さん。

男2     私は・・・・・・、

少女    何?父さん。

男2     私は、その・・・・・、何と言うか、つまり、少し、眠いんだがね。

少女    だったら、それを分けて頂戴・・・・・、私も少し眠くして頂戴。そうでしょう、父さん。

男2     横になってみるというのは駄目かね。

少女    それはきのう試してみたでしょう。それで父さんは私を置いてきぼりにしたでしょう。それから私は、父さんだけを眠らせるのが不安で、

男2     覚えているよ、おまえ。私の眠りをさますために、おまえは私の足の裏をじりじりと蝋燭であぶったんだ。

少女    一人で眠ると道に迷うわ、父さん。一人で眠ると水に落ちるわ、父さん。一人で眠ると、

男2    (それをさえぎ)夢喰いに食われるんだね。

少女    そうよ、父さん。

少女、不意に沈黙する。 と、男は、たまりかねたように、まどろむ。

少女    また一人で眠ったわ。隙だらけで、眠ってる・・・・・。不用心に眠っている。眠り・・・・・もうひとつの現実・・・・・・忘れ物・・・・・失くしたもの。眠りの分量は決まっていて、誰かが眠ると、誰か        が起きる。父さんは眠っていて、私は起きている。いつも、いつだって、この家の中には眠る男と眠らない娘がいる。馬鹿げているわ。父さんは、眠りを守る筈なのに。その役割を果たさな        ければ、父さんではないのに。

少女、ゆっくりと綱を手繰る、眠り込んでしまった男の手から落ちて、少女の手の中に引きよせられる。

少女    迷い児になるといい、父さん。    暗転。


八 不眠訓練の成果について

白亜の壁病院の地下実験室では、不眠訓練が行われている。壁には、垂直にテーブルと二脚の椅子が置かれ、二人の男が「迷路双六」をしている。上手では三人の男が挙を打ち、下手では二人の男が架空のピンポンをしている。それぞれのゲームの側には黒衣の医師団が立ち、患者たちを見守っている。鞭を手にした女帝が、満足そうに頷きながら歩きまわり、三つのゲームは、同時進行する「永久ゲーム」である。男たちが、ゲームをやめそうになると、医師が眼をさまさせる。

女帝    上がりのない双六。出口のない迷路。女王のいないチェス。何度やっても、三種類の役が出るため、決して勝負のつかない遊戯拳。互いに打ち損なうことがない為に、終わりのないピンポ       ン玉のラリー。患者の調子はどう?

と、一人の医師が女帝に近づいて来、カルテを読みあげる。

医師    脈拍38。呼吸5。血球数4万に減少。瞼に痙攣が走る。時折、全身硬直を起こす。カタレプシーの症状あり。

患者の一人がピクッと躰をこわばらせる。このカタレプシーは、患者たちに次々伝染してゆく。

女帝    患者たちは、何故、何のため?という問いを喪失している。理由と目的を失った彼等は、そうして不眠への耐性を躰に溜め込んでゆくのです。

カルテを読み上げていた医師が、突然笑い出す。よく見ると、愚者である。

愚者    誰かが眠ると誰かが起きる。嗜眠傾眠堕眠に不眠。

女帝    またお前か!こそこそうろつきまわり、事件を記述する男。

愚者    他人の心臓を借りてくることができないように、眠りは俺だけのもの。眠りの貸し借りは出来っこないのさ。

女帝    醒めていることの桎梏から逃れようとして、人は眠りをのぞむ。眠りは怠惰にすぎない。眠りの中で、彼等は豚のように肥え太ってゆく。眠りは罪なのです。

愚者    だが、俺は眠る男。俺が眠ると眠りの中で俺は俺自身の主人になれる。

女帝    でも醒めている時はただの召使!(嘲笑する)

愚者    俺が眠るともう一人の俺が目を覚ます。そいつも確かに俺だ。俺は常に二回ずつ生きる。

女帝    決して出会うことのないもう一人のお前。夢の夢を見るおろか者。この患者たちを見てごらん。永久に眠らないために、不眠という病気への免疫をつくっている。彼等は〈自分〉、それも半分       の自分です。

愚者    そうやって取り上げた彼等の眠りを、眠ろうとするのは誰だ?人よりも多く眠り、人の人生まで盗みとって、生きようとするのは誰だ。眠り、眠り、眠り。おい、そこにいる皆も遠慮せずに眠れ       眠れ。

女帝    すぐ眠りたがるロバ!

患者たちのカタレプシー動作は、頻繁になってゆくが、女帝の叱責で、元に戻る。

女帝    眠れないことの苦痛、眠らないことの狂喜。けれど、若い果実を糧にして生きる者もいるのです。砂糖を望むのは愚者だけだ!

愚者    愚者、結構!あらゆるゲームの最後の札は常に愚者だ!毎夜、眠りに就く前、俺は眠りの中の俺に挨拶する。「よお、元気かい?」すると俺が答える。「俺の墓場を一つ空けて置いたよ」       そして俺が眠る。俺が起きる。

女帝    お前はお前自身の見張り人。眠りさえしなければお前は一。全ての基本数一。

愚者    眠りと鏡は俺をふやす。夜毎、眠りの川の底で俺は俺の皮をはぐ。その下にいるのも俺だ。死人も眠れ、鏡も眠れ、眠ってふえろ!ふえつづけろ!

暗転。

 
九 眠る男

背中にドアをくくりつけた男が、舞踏のような動作で現われる。

蝶番男   さてと、蝶番だ。この蝶番で水は、空をつかまえる。ドアをあけると、空気のくらげが入ってくる。気をつけろ、自分と瓜二つの人間を嚙むと水がふえるぞ。水と空を同時にうつす蝶番のドア。        こいつがなけりゃ、世界中が混乱する。世界の墜落は、たった一つの蝶番でとめられているのさ。俺がドアを開くと、そこにあるのは水槽だ。俺はその水槽に入る。前進!水が昇ってくる        頸まで水がのぼってくる。俺は歩く。さて、そこでもうひとつのドアだ。水の進入を阻むドア。どんなに水がふえても、このドアさえあれば大丈夫ってわけだ。うつすものと、うつされるもの         のあいだには必ず蝶番がある。つまり、俺だ。俺は、蝶番男。ふやすも減らすも俺しだいってわけだ。流れるものは、すべて、このドアで押しとどめられる。大洪水だって?冗談じゃない。        一枚のドア。これがすべて、さ。

と、蝶番男は一枚のドアを愛撫する。

蝶番男   だれだよ?ドアをノックしないでくれ。えっ?雨宿りしたいって?こっちは外だよ。おまえはもう中にいるんだ。えっ?出してくれ?こっちは中だよ。おまえは外にいるんじゃないか。ドアのう         らおもてで外と内が決まる。あいてるよ。ここは通路だ。さっさと通りぬけてくれよ。だが、一枚のドアのむこうには、またもうひとつのドア。どこまでいってもドアばかり。一本道だよ。ドアの        迷路。は、は、は、それでもあんたは迷うのかい?

蝶番男が眠るとドアからもう一人の男が現われる。

覗く男   隠されたものを見たがるのが、本能という奴だ。壁は文明だ。法だ。進化だ。世の中には、二種類の人間がいる。隠したがる者と、覗きたがる者だ。誰にも見られていないと安心すれば、人       は恥の遊戯にふけるものだ。あの男も、あの女もそしてあの女も、人前で、あんなことは、できまい。そのできないことを、密室の中では、する。壁に守られた安心。壁に穴が開けられてい       るとも知らずに(笑う)直径一センチののぞき穴、それが俺だ。この穴の向こうでくりひろげられるパノラマ、万華鏡、道化芝居に、のぞきからくり。からくりからくりからくりばったん。さあさあ       見えるよ、地獄が見える。

四人の男がボードビル風に飛び出てくると、揃って一礼する。

男1    切り裂きジャックでございます。

男2    縫い閉じジャックでございます。

男3    切り抜きジャックでございます。

男4    貼り付けジャックでございます。

四人    ジャック兄弟商会でございます。

男1    親戚に豆の木ジャックと言うのもおりますが、合憎と大男退治に出かけております。

男2    私ども四兄弟、世の中のありとあらゆる余剰と欠落を修正するため、やってまいりました。

男3    先日は、使いものにならなくなった老人を切り抜き、

男4    みなし児の家に貼りつけてまいりました。

男1    ある時は、盲の女の眼を切り裂いて見えるようにしてやり、

男2    ところが、あんまり見たくないものばかりが見えると言うので、縫い閉じてふたたび盲にしてやりました。

四人    商売繁盛でございます。

男1    おや、お客様。

男2    いらっしゃいませ。

覗く男   切り裂きジャックに会いたいんだ。

男1    私でございます。で、何を切り裂きましょう?

覗く男   俺の影。

男1    お安い御用でございます。で、どのように切り裂きましょうか?四つ切り、細切、それとも桜の花型に?

覗く男   形なんかどうでもいい。とにかく、俺の影を俺にまといつかせないでほしいんだ。

男1    わかりました。で、その影は、どこへ持ってゆきましょう?

覗く男   ○○○○○○○○。○○○○○○。

不意に覗く男の声がなくなる。喋っているのだが、声が出て来ない。

男2    (男3に)よせよ、無断で声を切り抜くのは。

男3    声なんて切り抜いてない。言葉を切り抜いているんだ。

男4    そうなんだ。角を曲がった三軒目の風呂屋の、釜たきの啞に貼りつけようと思ってね。どっちみち言葉なんて、いろはにほへと四十八文字。

男3    あの啞は、時々女湯を覗き見しているからね。こいつに言葉を貼りつけさせて、女湯の話でも聞こうと思ってさ。

男1    いけないよ。お客様に返しなさい。

男4は渋々、言葉を俺に貼りつけてやる。

覗く男   てこれでても。いくどすい。

男2    お前、また順番を間ちがえたな。ちゃんとやれ。

覗く男   どこですてて。もいいてくれ。

男3    まだ違う。

男4    これでいいでしょう、大体は正しい。どこですててもいい、と言っているんだ。

男2    てくれ、が残っている。

男4、仕方なく貼りつけている。

覗く男   どこでもいい。すててくれ。まったく油断もすきもありゃしない。

男1    申し訳ございません。こいつは時々、個人的趣味を出す癖がございまして。

覗く男   ところで、俺の影はちゃんと切り裂いてくれるだろうな。バラバラ、チリヂリ、修復不能な位にしてくれ。

男1    それは出きませんな。

男2    私は縫い閉じるのが仕事。

男3    世の中の分量は常に、一定で、

男4    誰かが切り抜かれると、

男1    誰かが貼りつけられる。

男2    行方知れずの完全な無などと、いうものは、どこにもないのでございますよ。

男3    それが証拠に、お客様自身、一週間前にいらして。

男4    夢の中の自分を切り抜き、

男1    現実の自分に貼りつけたじゃございませんか。

覗く男   俺が俺を貼りつけたって?

男1    おまけにおとといは、どこかの浮浪者を切り裂いて、

男2    またまた、自分に縫い閉じた。ほらもう、できあがっておりますよ。

まぼろしのように、男が一人現れる。

覗く男   あっ、俺がふえた!

新しくふえた俺に追いかけられた俺(覗く男)が、逃げてくる。

覗く男   やめてくれ。俺はふえたくない。これ以上、俺をふやさないでくれ。

女があらわれ、俺に通せんぼする。

女     パスポートは?

覗く男   何だって?

女     証明書よ、俺だっていう身分証明書。

覗く男   頼む、逃がしてくれ。

男たちが現われ、集団伝染をし始める。

 

女     指紋小路のゆきどまり

       真っ暗の手相の迷路 だめよ、どこへも逃げられやしない。

       嵌め絵遊びの一ひらの

       迷い児のろい児手で招く

       あんたも俺の一人なのよ。右にゆきたいと思うあんたと左にゆきたいと思うあんたがいると、あんたがふえる。

       あんたの欲望があんたをふやしたのよ。

覗く男   違う、俺は俺だ。

女     百円硬貨の裏表

       双面ヤヌスのかるたとり

       かるたの裏のさみしい絵

       夢に見られて夢を見て

      あんたがふえるとあんたがふえるあそこにいるのもあんた あれも、あれも、あれも、全部あんただ!(哄笑する。)

集合伝染する〈俺〉がふえ、狂気の様相を呈してくる。

覗く男   俺は、いつのまにか、俺の中に巻き込まれ〈俺〉化してゆく。俺が狂った!

絶叫すると、俺全員が倒れる。俺の死体の山を踏むようにして、俺の影があらわれると、

俺の影   いや、狂っていない。俺がふえ、俺がふえつづけ、俺は世界を埋めつくしてゆく。全ては〈俺〉化し、やがて俺は一人の俺になる。種の起源だ。逆立した黙示録の、最後のページに描かれ        ている大鎌の持ち主。そして、俺の実体は、どこにもない。俺は俺自身の引力。俺自身の揚力。俺自身の重力。漂着する墓場。地球儀、影の重さは、そこに横たわる者を鉛化したものと        同等の量を持っている。事物の高見、記号の府に、俺は俺自身を運んでゆく。俺は俺自身の容器を俺自身の国家へと拡大してゆく。すべてが俺の空間。俺は俺を満し、俺を氾濫させ、        俺を増殖する。トリニタードトバコ スメルコルド カタロニア サマルカンド。やがてこの地上に無人島はなくなる。地表は俺に被われ、俺はふえつづける。万物の同根一族。俺は浸蝕し、        回転し、俺自身を反復するのだ。

 平手打ちのように明かりが入ると、舞台中央には一人の女がいる。女は赤児をあやしている。が、よく見ると、その赤児は古びた柱時計である。

女4    アヘン モルヒネ コデイン コカイン エクゴニン 大麻 ヘロイン パントポン ブロバリン ハイミナール カルモチン アドルム ノクターン ドリデン バルビタール イソミタール スミター       ル ミンタール ネンブタール アロビタール ルミナール ゲモニール プロミナール ラボナール チオバール イソゾール チトドール アプロナール アドール スルホナール アミバー       ル エビパン オルトパン チクロパン アミパンソーダ ドルミジン プロチタン リナーセン クロレトン アダリン ネネシン ウレタン バラミン ファノドルム ラボナ ヒプノ スズ時計の       秤売り。きのうをちょうだい。夜の時計は水時計。まわるまわる水車。何が起こるかわからないから明日は楽しい。人生は時のあそび 偶然の勝ち。

 
十 眠り病の一家族

白亜の壁病院の地下実験室である。あちこちに、眠り病の患者たちがころがっている。苛立って歩きまわる女帝が躰を蹴飛ばしても、患者たちは目ざめようとしない。

女帝    どうしたって言うの?この夢遊病患者たちは?

一人の、眠り病の男がブツブツと不可解な数字を呟いている。

眠り病の男 871654127952

医師    我々医師団の努力にもかかわらず、このような患者がふえるばかりなのでございます。彼らは、象が死場所を求めるように、この病院に集まってくるのです。

女帝    とんだ蟻地獄!それで、彼らの治療法はみつからないの?

医師    患者を分析してみたのですが、ナルコレプシーでもカタレプシーでも嗜眠症でも傾眠病でもないのです。今までになかった、そう、一種の病気の突然変異とでも言ったらよいのではないで       はないかと思うのですが。

女帝    馬鹿馬鹿しい。手術でも何でもして、さっさと直しておしまい!

医師    はい・・・・・・。この患者たちも、皆と同様、睡眠除去手術。或いは不眠訓練を施せば、眼がさめるようにはなるのですが・・・・・・。

女帝    ですが、どうなの?はっきりお言い。

医師    無理に眼をさまさせると廃人になってしまうのです。というのも、病気の原因が摑めないからです。しかも、困ったことには、この病気はどうやら次から次とうつってゆく伝染病らしいのです。

女帝    伝染病だって!?

医師    既に、十数名の者が院内感染をしております。

女帝    どうしてそれを早く言わないんだ!すぐに監禁しておしまい。閉じ込めるのです。隔離するのです。

女帝の命令を嘲笑う笑声と共に、どこからともなく愚者があらわれる。

愚者    無駄だね。おまえさんは、力でこいつらを支配しようとしているらしいが、そいつは無理だ。

女帝    またおまえか!

愚者と女帝の会話を盗むように、眠り男の呟きが高くなる。

眠り病の男 87165412795310 871654127935 8716541279530

愚者    その男達の言ってる数字が何だかわかるかい?

女帝    羊の数でも数えているんでしょう。下らない。

愚者    違うね。

女帝    じゃあ何だと言うの?

愚者    数は時間だ。時計の針では量ることのできない刻が流れてゆく。

時計を盗む女が、まぼろしのようにあらわれる。女のかかえている柱時計には長針も短針もない。よく見るとその文字盤の配列は、所々欠け落ちている。

女4    一秒、時が過ぎると、減ってゆくもの、なあに?

愚者    (女帝に)簡単だな謎々だろ?この男の数列が0になったとき、何が起こる?

ふいに、あたりが暗くなる。

愚者    嗜眠症患者の葬列。ある者は太陽の黒点を描き続け、ある者は自らの心臓の鼓動が弱ってゆくさまを音符として記述しようとした。

女4    楕円の眼球に還ってゆく眠りのない夢。鼓動の一博ちと一博ちの間に一日が過ぎ、まばたきの瞬間に一年が通りすぎてゆく。

愚者    回転木馬。鳥宇宙。時の回廊。空の漂着物。(父を求める赤児のように、すり寄って来た女を愛撫する)流れてゆく。動く。揺れている。海の胎児。

女4    モルペウスはどこ?私の眠り神。

愚者    ここだ。

女帝    (叫ぶ)誰?おまえは誰だ?

愚者    俺は、おまえの眠りだ!

 
十一 眠りの中のもう一つの現実

からの子捨て車をガラガラ曳いて、片眼、間引、唖の三人があらわれる。

片眼    あああ、こう誰も彼も眠らくなっちまったんじゃ、子捨て稼業も上がったりだ。

間引    夜泣き赤児に、自分の眠りをさまされて、腹立ちまぎれに子を捨てる親もいないし。

片眼    この頃じゃ、みんながみんなを見張っている。不眠千年王国一夜。

間引    その夢だって、かくれて見なけりゃならない。

と、「眠らせてあげる」不意に声がすると、少女〈眠り〉が現われる。

間引    おまえ、今、何て言った?

眠り    眠らせてあげる。

片眼    (笑って)眠らせてあげるだってよ―どうやって眠らせてくださるんだ?

眠り    まわれまわれ風車。死人の眠りを運んでこい。眠りたい者、この指とまれ。

催眠曲が流れ込んでくる。

眠り    唖、唖、話せ、夢を見ろ。

〈眠り〉は白球を啞に投げ渡す。それを受け取った唖は、片眼と間引にぶつける。と、それはほどけ、二人を呪縛する。〈眠り〉と唖は眠り糸の遊戯にふける。

唖     みんなが眠ると俺がしゃべる。

眠り    夢の中でみんなは唖。眠りの中で啞は言葉。言葉花嫁、嫁さがし。さあ、唖、唖、みんな眠った。真っ暗。

唖     路地の不眠、藁の不眠、箱の不眠、壜の不眠。(次第に溶暗してゆく中に、唖の言葉だけが残る)不眠痩せ犬、追い払われて、桜闇夜に野垂れ死に。地平水平、引き合わず、天文学の航       海記。赤い鶏冠の風見の鳥が、ときを作らず風吹かず。気違い時計屋、帽子をくわえ、堕ちてゆくては昼の闇。眠りの呪いを封じ込め、不眠の花の川流し。真っ赤な血のよなビイドロ玉の       眼玉舐め合い不眠症。人はだれでも見張人。不在証明、盗まれて、不眠堕地獄犬地獄。犬の見る夢、なんの夢、他人の夢に忍び込む。人より先に夢を見て、人の一生盗みとれ。

 
十二 少年は何故眠らないのか?

相変わらず眠れない不眠症の少年と、寝かしつけようとする母親が、丸く落ちた明かりの下で影踏みをしている。

少年    父さんは、どこへ行ってしまったんだろうね。

母親    旅に出たのさ。

少年    どこへ?

母親    知らないよ。それよりお前、眠くならないのかい?

少年    まだまだ。ほら、踏んだ!

薄暗い電球のともる電信柱を抱えた男が現われると、二人から離れたところへそれを置き、じっと立っている。母親は、その男に気づき、近よろうとするが子供の不眠がそれをとどめている。

母親    いい加減で眠っておくれよ。

少年    どうして母さんは、そんなに僕を眠らせたいの?

母親    眠らなければ、死んでしまうだろう。

少年    そんな事は唯の迷信さ。ほら、また踏んだ!

よく見ると、少年と母親の腰は、一本のロープで結びつけられている。いつまでも影踏みをやめない親子に苛立った電信柱の男は、電球を明滅させる。

少年    (影踏みをしながら唄う)“めくらのねずみが三匹あとから追いかける肉切包丁“

母親    うすきみ悪い歌を唱わないでおくれ。

少年    (少年の口調には次第に悪意がこめられてくる)子守唄だよ。母さん、ぼくが眠りたくないのはね。眠ると眼が見えなくなってしまうからなんだ。眠ると、ぼくは死人になってしまう。母さんが       何をしているか、見えなくなってしまうからね。父さんがいないんだから、僕が母さんの見張りをしなくちゃ。

母親    ・・・・・・。

少年    ほら、踏んだ。母さんは、ぼくが眠ってしまったあとで、何をするの?

母親    何もしないよ。

少年    ほんとうかい?それじゃあ、おとといの夜、ぼくが眠ったふりをしたあとでやって来た、赤い眼の男は誰?あれは父さんじゃなかった。

母親    (ぎくっとするが)わるい夢を見たんだよ。眠ったふりをしていたんだって!自分では眠っていないつもりでも、眠っているんだよ。一千一秒の悪夢さ!赤い眼の男なんて、どこにもいやしな       い。

少年    ふうん。それじゃ、あかりを消してもいいんだね。ぼくはまだ全然、ねむくないけど、真っ暗にすれば、母さんが眠れる。

母親    (鋭く)やめて!

少年    なぜさ。ぼくは母さんを眠らせてあげたいだけなんだ。子守唄をうたってあげるよ。母さん。

母親    わたしはまだ眠くない。

少年    駄目駄目。眠るんだよ。おとといぼくは寝台の下で眠ったふりをしていた。そしたら赤い眼の男がやってきて、母さんを押し倒した。寝台が舟のように揺れたよ。ぼくは知っていたんだ。だか       ら母さんは、ぼくを眠らせたいんだね。でも、ぼくは眠らないよ。そのかわり、母さんを眠らせてあげる。おやすみ、母さん。めくらになれ、母さん。死人になれ、母さん。

母親    やめて!

少年    なぜさ?家出した父さんが戻ってくるまで、眠らせてあげるんだよ。父さんのかわりに、僕が母さんの眠りを守ってあげる。父さんがいなくなると、子供は不眠症になるのさ。(笑う

少年は、石を拾うと電球に投げつける。

少年    ほら、電球が消えたよ、母さん!みんな、めくらだ。眠りの闇だ。父さんは、どうしていなくなったのさ。

暗闇の中で、歌がうたわれる。それは、不眠症の子守唄である。

めくら 影踏み 航海記

めくらが十二人集まって

影の重さはどの位?

天文学の暗黒に

地獄火車 きいくるり

もういいかい? まあだだよ

 

めくら 剃刀 ながれ星

めくらが十二人集まって

剃刀研いで親を切る

水平線の暗黒に

血の始まりを探してる

もういいかい? まあだだよ

 

めくら 墜落 羅針盤

めくらが十二人集まって

親指かくせ 人が死ぬ

眼あき殺しの暗黒に

帰ってくるのは何人か

もういいかい? もういいよ

もういいかい? もういいよ

もういいかい? もういいよ

少年は、狂ったように笑い出す。

少年    壜の中の寝台の寝心地はどうだい?母さんのために、父さんが古道具屋から買って来た寝台だ。母さんが父さんを裏切った寝台だ。寝台の舟に揺られながら、母さんはいつも子守唄を       歌っていた、壜の中の母さん、もう出られないよ。母さん、父さんは家を出てゆく日に、ぼくに約束してくれた。母さんがいなくなったら帰って来てくれる、って。父さんが帰って来てくれたら、       僕は眠れるんだ。僕は眠りたい。母さんを壜詰にしたから、帰って来てくれる、父さん。

十三

出かけて行こうとしている男が、トランクに人形のように座った女に語りかけている。

男1    おまえは鋼鉄の棒のように、ぴんと堅くなっている。指の先まで鋼鉄の棒のように堅く、堅く。指の先まで鋼鉄の棒のように堅くなると、肩から爪まで冷たく感覚がなくなる。冷たく感覚がない       おまえは、氷に閉じこめられているのだと想像する。そう、おまえは氷に閉じこめられて凍る。凍って冷たく、感覚がない。冷たく感覚がない。

男、硬直した女を見、

男1    ・・・・・眠った・・・・・。

満足する。

男1    俺は出て行かれる。

だが、ふっと眼を開き、

女2    駄目よ。

男1    ・・・・・(女を見る)

女2    ・・・・・(男を見る)

男1    駄目かね。

女2    駄目だわ。

男1    そうかね。

女2    私は睡眠が必要なのよ、催眠は欲しくない。

男1    似たようなものだ。

女2    違うわ。睡眠は寝返りよ、催眠は硬直だわ。